今年2018年3月福島県立美術館を皮切りに、東京・府中、愛知県碧南市、九州・久留米市、そして埼玉・足利市と長谷川利行の回顧展がほぼ一年をかけて全国を巡回した。

画家である。明治24年に生まれ、日米開戦の前年、昭和15年にこの世を去った。京都に生まれ20代まで文学に傾倒し、ほぼ独学で画家になった。

人生の後年は、住居を定めず、(金銭を稼ぐ)職もなく、家庭を持たず、最後は行倒れとして養育院に収容され、誰に看取られることなく死去した。残された油彩の筆使いは荒く、いわゆる細密ではない。

僕はその長谷川利行の油彩を実際にこの目で見るために、最後の巡回が行われる埼玉の足利市立美術館まで、東京から2時間かけて行った。

一見、その画面に眼を惹くものはない。経歴も画風もなんだか残念に感じる印象だ。しかし僕はある日、他の美術展の案内に紛れていた府中美術館の(すでに会期が終了していた)チラシに描かれていた、長谷川の絵に目が止まった。

半年前、忙しさとスケジュールに阻まれ、長谷川利行という戦前に没した洋画家の回顧展を無視するかたちで、行くことはなかった。そんな展覧会、戦前の画家の回顧展だった。

長谷川の絵はタッチがとても雑な、ある意味下手くそな絵だ。その印象は今も変わっていなかった。しかし僕はどうしてもこの絵を今見たいと思った。

どうしても生で見ないといけない。そうしないと生きていけない。それほどの苦しい思いにさいなまれた。だから、まだ他の美術館を巡回していることを知って、(東京からは少し離れているが)往復4時間をかけて行くことを決めた。

そして長谷川が描いた何枚ものキャンバスを眼にしたとき、やっとそのモヤモヤとした気持ちが解け、心が救われたように感じることが出来た。

長谷川利行の油彩の何が良いのか、と問われれば、当然答えるべき言葉はある。しかしそれは語るべきではない。僕の何が長谷川利行の絵に惹かれていったのか。それを見ることで、果たして何の役に立つのか? そのことを突き詰めて考える必要はない。そこに長谷川のたった49年で生き倒れた人生がにじみ出していたとしても、絵と画家の人生は何も関係ない。まず絵は見ることが、すべてなのだから。

絵を見ることには、すべて理屈や理由はない。そういうところからは最も遠いところに位置する「究極の救い」なのだから。その絵の前に立つことこそが生き延びる道なのだから。